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20代 PSとAIの練習とか 雑記

佐川のおじさん

派遣先になかなか馴染めない

みんなやさしく、最低限のことはもちろん教えてくれるし仲間はずれなんて子供じみたこともない。


仕事も楽だし今の所定時に帰れている。

でもやっぱりなんとなく疲れて悲しくなってしまう。


新卒1年目、都内の会社で働いていたころ

毎日集荷にくる佐川のおじさんがいて

その人がすごくいい人だった


わたしが退職する日、会社の誰よりも親切な言葉をかけてくれた


おじさんも当時、来年から内勤に戻るって言っていたけど元気かなあ。


荒んだ社会人生活の中、唯一の優しい思い出として残っている。

正社員から非正規雇用に

 

 

なりました。

流産で精神が限界だったのと、そのあとも深夜残業が続いて体力と気力ともに限界だったため。

 

非正規になって思うのが 正社員ってとても守られていたんだなということ。

今は派遣をやっているけど、残業がないぶん当たり前だけど簡単な仕事しか回ってこない、目指していく地点が違うといった感じ。

 

この会社のために!!!!という気持ちで仕事を

したいけれど、派遣なのでそんなのは求められていないし、やったところで

特に見返りもない。

 

今のところ定時で帰れているのでだいぶ心は軽くなった。

しかしまた正社員を目指さないと生活が詰んでいくのは目に見えているので

出産したあとやっぱり正社員をまた目指したい。

(難しいのはわかっている)

 

一旦退職したため手当などをもらうにはまた一年間働かないといけない。

出産時期がまた遅れてしまうけれど我が家は年収が本当に底辺なので仕方ない。

 

派遣で妊娠したら、同じ職場にもどれることはほぼ0らしい。

当たり前だけれど世知辛いなあ。

 

長期雇用なので3年間続けたいけれど、私は20代後半なのでそろそろ出産したい。

また流産する可能性も考えると待てるのは一年しかない。

 

手術をおえた1

まだ腕に、点滴と採血の内出血が残っている。この痛々しさが、わたしかわいそう。に拍車をかける。


あんなに気持ちわるくて仕方がなかったのに、手術後嘘のようにそれがなくなった。血中のホルモンのせいなのか、わからない。


ここ何週間か、食べることが大好きな自分がまったく食欲が湧かず最寄駅や家で吐きを繰り返しており、本当に鬱々としていた。仕事中いつ吐いてしまうか怯え、気が滅入った。


それが辛かったのといつ出血して流産が進むかわからなかったので、一刻も早く手術をしたいと思った。


手術は、呆気なく終わった。


綿をおしこまれたのがとても痛く、うまくいっていればこの連休健診に行き順調なのを確認し夫婦でゆっくり過ごすはずだったのになぜこんな目に遭わなければならないのかと 考えた。


酸素マスクから流れてくる空気が苦く、それを訴えようとしているうちに脳がシャットダウンしてしまった。


起きたときには終わっていたが、意識は朦朧としていて、痛みはなく、記憶が繋がらなくて、手術前の待機時間が続いているのかと思った。


夫に終わったのかと聞いたらもう終わったのだと言っていた。



シリツ


流産しました。


たった8週間しか母になれなかった。


妊娠がわかったとき、同時に異動届を出された。私は産休にはいっている人の補填というのが明確な異動だった。だから、とても言い出しにくく、流産の可能性というのは一般的に12週間経つまであるのでまずは伏せることにした。


心のどこかで、上司に報告しなくて済んでほっとしたのかもしれない。そんな自分にすごく失望した。妊娠した嬉しさよりも、仕事どうしよう、異動先の上司に嫌われる、ということが先に来た。


その考え方をする自分がもうしんどかった

そして今後、今の仕事を続けて行くのに限界があると思った。もういい加減、自分のことを大事にしたい。


6月頃、心療内科にかかっていた。

環境や仕事を変えることが先決だと言われた。結婚したのはいいきっかけだと思い、自分に無理のない仕事に変えてみてはと言われた。


そして、今回

甘えかもしれないし、仕事からの逃げだというのはもう重々承知しているが、もう自分はこのままではまたいつか、無理をして穿った考え方を持ったまま、生きて行くことになると考えている。もう限界だと思った。


流産するのは15パーセント程度で5.6人にひとりらしい。


わたしがよく考えているのは交通事故に遭う確率。


今回15パーセントの中に入ったということは、交通事故に遭うのだって充分あり得るのた。


まったく想像がつかなかったが、その確率の中にはいる可能性はあるのだということがよくわかった。


わたしは、誰かが幸せになっているとき誰かが悲しい思いをしていることを身をもって再認識した。


詳細はかいていると悲しいのでふせるが、周りでは他人が幸せな思いをしている。

だが、わたしより辛い思いをしている人も間違いなくいる。


今後、幸せな出来事があったとしても

まわりの人に気遣える人間でありたい。


手術は軽いものだが不安が消えない。

取り外した マタニティマーク母子手帳は旦那が見えないところにしまっていた。


マタニティマークを取り外すとき、悲しかった。母子手帳をもらうのか早すぎたと思った。


喜んでいるのかわからないうちにいなくなってしまった。


ただただ、具合が悪かった。

妊娠カレンダーに出てくる枇杷のシャーベットを思い出し、つわりのような、つわりではないような吐き気に耐えた。


妊娠が終わろうとしているが、吐き気が治らない。これはおそらく精神的なものではないかと思う。


食欲もない。

好きだったものは何も食べたくなく、凍らせたこんにゃくゼリーばかりを食べている。


もう妊婦ではないというのに。


この悲しみから抜け出せることはあるのだろうか。






新姓で仕事をしてはダメですか?


結婚することになりました。


仕事を続けるので新姓に変えたいと申し出たところ、上司に苦い顔をされてしまいました。


結論から言うと、


•家庭を優先している人だと思われる

•結婚しましたアピールに見える

•出世してる人ほど変えていない。

•周りから嫌味を言われることもある。


ということ。

驚いて、思わず笑顔が消える。


私の勤める会社は結婚後もそのままの苗字で働く人が多いのでそういう社風なのかと思い、長くいる別の人に前もって確かめたのですが、強制などはないとのこと。 


そもそも私は自分が穏やかに生きることを優先しているので仕事第一と考えたことはありません。やむを得ない残業続きでも文句を言わないのでそうは見えていないかもしれませんが。というか基本的に残業ばかりの職種なのでそんな人はハナからいないと思っているのでしょうか。


この会社に、この部署に、家庭を優先させている人は不要なんだなあと思わされました。


新聞などで新姓を名乗るよう強制されるという話題は見ますが、まさか逆があるなんて。


諸経費がかかるのは確かに申し訳ないのですが…(シャチハタの印鑑、社員証)


そもそもダメと言われたらそのままにしようと思っているのですが、変えてもいいけど、空気読んで。周りの人に苗字を変えた理由を説明して。と。


結婚するから苗字を変えるという単純なことなのに、わざわざありもしない理由をでっちあげて説明して回らなければならないのか…


真意は、私は自分の苗字が幼い頃から大嫌いなので、変えたいのです。


理由としては、言いにくい、珍しい、別の苗字と間違われるなど。


新姓は簡単なので、できれば長年のストレスから解放されたいです。

特に別の全く違う苗字で呼ばれること。よくあるのですが、非常にストレスです。


訂正したくてもタイミングがつかめない、訂正してもまた間違われる。


こんな理由をいちいち会う人会う人に説明するくらいならもう変えなくていいです。


どちらを選択する自由があってもよいのでは。悲しい気持ちになりました。